もうすぐキリンカップ、そしてその後にはアジアカップ本戦がありますね。オシム体制になって初めて臨む大きな大会。楽しみですが、オシムに言わせれば「優勝できるなどと思って過度な期待をしてはいけない」ということになるのでしょうか。とはいえ国民としては勝ってほしいと思ってしまいますね。
日本代表は合宿に入るにあたり、久々の相部屋ということになったそうです。今日はこのあたりの話しをしてみたいと思います。
**
コミュニケーションが大事だ、とはみんなの共通の想いだと思います。もちろん大事でないと思うよりは大事だと思うほうがいいと思うのですが、これはこういう発言に似ています。
「絶対優勝します!」
もちろん、この気持ちはとても大事です。勝利への貪欲さは必ず持っていてほしいものですが、悪く捉えれば、優勝すると言うこと自体は誰でもできます。
**
北海道にある旭山動物園は動物の形態展示ではなく行動展示に転換したことで日本一の動物園と言われるまでに成長しました。
ペンギンの行進は僕もテレビで見たことがありますが見事なものですね。ペンギンの行進は決して調教したわけではなく、ペンギンという種の固有性によるもので毎日勝手にペンギンが行進し始めます。
そもそも行動展示をするようになったのは、園長の明確な想いによるものでした。
動物の究極の目的は種の生存、繁栄です。野生動物はそのためにエサを確保することに奔走します。これは本能です。
ところが動物園にいるとエサを自ら獲得する必要はなく、待っていればエサがもらえます。
つまり、動物は動物園にいると本能的行動を抑え込まれていることになります。
園長は、これは究極の拷問ではないかと感じ、動物の種の固有性をもっと引き出してあげるべきだとコミットしたと言います。
旭山動物園は単に来園者を楽しませるために行動展示に転換したわけではなく、その背景にある熱いコミットの結果として行動展示に転換し、それが来園者の増加につながっています。
単純に他の動物園が、行動展示は来園者うけがいいから行動展示にしよう、という判断とは大きく異なる想いがそこにあるわけです。
**
行動の背景にコミットメントやフィロソフィーがあるか。
これが最後には全ての決め手になるように思えてなりません。
元日本代表監督の岡田さんは横浜Fマリノスの監督だったときに、まずチーム・フィロソフィーをメンバーに共有させています。
テーマ
Enjoy
Thinking by Yourself
Concentration
Aggressive Play
キーワード
Communication
全て背景にある意味・想いを伝え、なぜこれらのフィロソフィーが大事であるのかを徹底して共有します。このフィロソフィーがあるからこそ勝つために何をすべきかが明確となり、1つ1つの監督の指示、メンバー選出にも説得力が生まれます。
**
コミュニケーションはお互いの尊重のためにとても大事なものです。また、仕事の話しですが、コミュニケーションを密にしている営業チームはそうでないチームよりも成績がよくなるという研究結果も出ています。
オシムは選手、スタッフを始めとする関係者、マスコミ、サポーター、さらには相手チームまで全てを尊重します。
尊重できない、疑心暗鬼な関係からはいいチームは生まれません。
オシムの中にはもっと明確なフィロソフィーがきっと存在し、その想いから今回相部屋にしたのだと思います。
**
あのチームが相部屋にしてたからうちもやってみよう、というような表面的な模倣ではダメで、自らのフィロソフィー、コミットメントを持つことが必要なんだと僕は認識しています。
さあ、僕もコミットメントしなくてはね。
UEFAチャンピオンズリーグ2006-2007は見事にミランの優勝で幕を閉じました。
12月に日本で開催されるクラブワールドカップにはミランが来日ですね。チケットもたくさん売れそうです。
**
ここ数シーズンのCL決勝の中で最もスペクタクルな試合でした。
昨年は試合開始早々にアーセナルのレーマンが退場してしまいバランスを欠いた試合になってしまいましたし、一昨年はリバプールの劇的逆転優勝と報じられていますが、3-0になったことによるミランの油断が完全に見て取れて試合内容としてはいいものではありませんでした。
リバプールとしては前半30分までに1点取りたかったというのが本音だと思います。前半30分までのサッカーは現代サッカーを極めたチームといっても過言ではないくらい洗練されたサッカーを披露していましたから。
コンパクトにラインを保ち相手にスペースと余裕を与えず、前線からの激しいプレッシングでボールを追い回す。高い位置でボールを奪い少ないタッチ数でボールを動かしフリーの選手を作り出す。前半30分まではミランにはチャンスというものがまったくなかったと思います。
ただ、非常な運動量を必要としますので、やはり途中でバテてしまいました。先制点が取れていれば展開は全く違ったものになっていたと思いますが、その先制点が奪えなかった。ミランの守備を褒めるべきかもしれないです。
**
ミランはリバプールに圧倒されていましたが、失点する気配はあまりありませんでした。前半のピンチはペナントの右サイドからのシュートくらい。
これは、現代版カテナチオと言えるのではないかと思っています。
引いて守りを固めるわけではなく、ある程度ラインを押し上げてバイタルエリアでは決して相手の自由を許さない。鉄壁のセンターバックと働きバチのボランチが相手に自由を許さず、攻撃は少ない人数で効率よく得点する。
これはまさにドイツワールドカップで優勝したイタリアのサッカーそのものです。
スペクタクルとはいえませんが、現代最も「勝てる」チームの基盤をイタリアは獲得しつつあります。
**
ミランやイタリアは嫌いではないですし、観ていて感動すら覚える完成度のサッカーを披露しますが、やっぱり僕はイングランド勢にがんばってほしい。
イングランドが追い求めている攻撃サッカーこそが美しいサッカーだと僕は思い込んでますから。
今年のアジア・フットサル選手権は日本で開催されていますね。今年も日本は決勝に残っています。決勝のお相手は毎度おなじみのイラン。ピヴォのシャムサイイーを抑えれば勝てるはず。
がんばってほしいです。
ここから試合の動画などが見られます。
http://www.jfa.or.jp/daihyo/futsal/games/2007/afc_f_2007/index.html
**
さてさて、話しは全然変わりまして。今日は「役割」について考えてみたいと思います。
よく、ロナウジーニョが11人いても勝つことは出来ない、という「○○が11人いても」議論を聞くことがあります。これは、半分正しくて半分正しくないと僕は考えます。
**
正しいと思うのは、ロナウジーニョにも得手不得手があり万能ではないと思うからです。ディフェンダーにはディフェンダーのスキルが必要ですし、試合に勝つためには泥臭くボールを追いかける人も必要ですし、フォワードでポストプレーができる人がいなくては攻めの幅が狭くなってしまいます。
サッカーは複雑であり、各プレイヤーが持つスキル、特性、性格、戦術論などは様々です。パスの出し手だけでは試合は成り立ちませんし、対人守備に自信がある人だけでも試合は成り立ちません。
バルセロナで言えば、ロナウジーニョがいて、デコがいて、プジョルがいて、エトーがいて、ジュリがいて、初めてワイドなアタッキング・サッカーが展開できるわけです。
**
正しくないと思うのは、人は「役割」を強く認識し、その役割に応じて振る舞いを変えることができると思うからです。
アメリカの学者ドナルド・スーパーはライフ・キャリア・レインボーというというモデルを提唱し、人は人生の中で様々な役割を演じながら生きていると言っています。1週間の中でも、仕事人としての役割、家族としての役割、市民としての役割、余暇を過ごす人の役割を適宜使い分けています。
そしてスーパーは、キャリアをこのように定義しています。
「人生のそれぞれの時期で果たす役割の組み合わせである」
人は色々な役割を演じることができ、その役割の中で果たすべき目標・目的のために行動することができます。
ロナウジーニョがディフェンダーをやれば、きちんと仕事ができると僕は思うのです。
**
自分には営業が向かないと思っていたが、いざやってみると実は自分は営業向きだった。こんな話しは珍しくないと思います。これは事前の職種理解が足りなかったり、いっしょに仕事をした人に恵まれていたりといった外部的な要素もあるとは思いますが、本質は違うところにあると思っています。
こうは考えられないでしょうか。
◇役割がスキル・特性・コンピテンシーを育てた
脳の世界にはこんな解釈があります。
◇言葉が感情を作る
鶏が先か卵が先か、の議論にも似ていますが、感情が先で言葉が出てくるという解釈が一般的です。「寒い」と思わなければ「寒い」という言葉が出てこないでしょう。
ところが、「寒い」と繰り返しているうちに、よくよく考えてみると寒くはないのに「寒い」と感じてしまっていた自分がいたことに気づくことがあります。
これが、「言葉が感情を作る」という解釈です。
**
スキルがないからこれはできない、と誰もが思うことがあります。また、スキル不足ならともかく、自分には合わないと決め付けてしまっている場合もあると思います。
そんなときに思考の順番を変えてみたらどうでしょうか。
合わないからやらない。ではなく、やってみたら合うかもしれない。
丸い穴に三角の釘を打ち込んだらスカスカになってしまいますが、気がついたら三角の釘が丸くなっていて穴とぴったり合っているかもしれません。
そう考えると、こんな解釈もできそうですね。
◇行動が感情を作る
**
もちろん決定的に受け入れられない役割もあると思いますが、若いうちは幅を広げ特化エリアを探すための冒険と思って色々チャレンジしたいですね。
高原は今シーズンとても調子がいいですね。
先日の試合でも今シーズンのリーグ戦11得点目となるゴールを記録していました。この得点、こぼれだまを押し込んだもので「おいしい」と思う方もいらっしゃるかもしれないですが、ストライカーとしては「あそこにいる」ことが重要です。
今日はそんな高原のゴールを見て刺激を受けましたので、こぼれだまに反応できるストライカーと、キャリアを考える上で大切なセレンディピティについて記載したいと思います。
**
ストライカーには「嗅覚」が大事です。これは、ボールがどこに転がってくるかを事前に察知する能力であり、嗅覚が備わっているとよいポジショニングができるようになります。
元ヴェルディ川崎の武田は「おいしい」ゴールが多いと言われ批判されることもありましたが、これはすばらしい能力だと僕は思います。「おいしい」ゴールが多いということは、それだけいいところにポジショニングしているということだからです。
**
嗅覚は、野生の勘に頼っているわけではありません。
まず、試合の流れを見極めて準備をしておくことが重要です。常に、どこにでもポジショニングできるようにしておく。味方がシュートを打ったらすぐに反応できるようにしておく。
この意識が「おいしい」ゴールへの第一歩です。
ですので、ドイツワールドカップでの日本VSクロアチア戦後の柳沢のコメントはストライカーとしてはありえないものだと僕は思います。
「急にボールが来たので、足の内側でければよかったが、外側でけってしまった」
急にボールが来た、という意識がそもそも準備不足です。あの場でゴール前に走りこんでいるのに「急に」ということはないでしょう。
**
次に、しっかりと行動すること、すなわちポジショニングすること。
「もしかしたらここにボールが来るかもしれない」と思うだけじゃなくて、しっかりとその地点まで走りこむこと。
先日の高原の得点はまさに信じて走りこんだ高原の行動力の賜物ですよね。
**
これらの「準備しておくこと」や「行動すること」は普段の生活でもとても大事なことです。
常に、「もしかしたら○○かもしれない」と感じ、行動すること。
とりあえず何かやってみること。
これらの行動が思わぬ宝物発見につながることは誰しも経験あると思います。
宝物を発見するセンス、のことをセレンディピティと呼びます。
**
例えば、(現実にはなかなかありえないと思いますが)こんなケースがあったらどうでしょう。
Aさんにはとても好きな雑誌があって、その雑誌に関わる仕事がしたいと思っている。
雑誌の編集の仕事に関することなどは一通り勉強した上で、ダメ元で編集長に元に飛び込みで「ここで働かせてください!」とお願いしてみた。
すると、たまたまアシスタントが1人辞めることが決まり人手が足りなくなると思っていたところだったと言われ、熱意もあって雇ってもらえることになった。
確かに「たまたまアシスタントが1人辞める」という幸運(宝物)にめぐり合っていますが、これを単なる幸運と片付けていいのでしょうか。
Aさんは雑誌編集の勉強をしたという準備をしています。
Aさんは飛び込みでお願いしに行くという行動を起こしています。
幸運はこれらの準備や行動の後に多く訪れるものです。これがセレンディピティの考え方です。
**
キャリアの権威である金井壽宏先生はキャリア・ドリフトという考え方を提唱しています。
節目ではしっかりキャリア・デザインをする必要があるが、普段はキャリアに流されながらも主体的に行動し、セレンディピティを高めておく。普段からキャリアについてずっと考えていると疲れてしまうので、ドリフトする(流される)ことも大事だという考え方です。
ドリフトする中でどんな大事なことにいつ出会うか分からないので、セレンディピティを高めておくことが大事になるわけです。
**
ストライカーのおいしいゴールはセレンディピティを常に高めておいた結果訪れた幸運だと僕は思います。必然と呼ぶには難しいが、偶然訪れた幸運でもない。
準備と行動。スポーツでも普段の生活でも大事なことは同じですね。
昨日(2007年5月5日)放送のスーパーサッカーで、Jリーグでプレーした歴代外国人選手の特集をやっていました。単なる私見の紹介になりますが、触発されて僕なりの歴代ベスト・イレブンを考えてみたので掲載します。
今回はサッカーに興味ない人にはまったく分からない内容となっていますのでご容赦ください。
**
迷いましたが、こんな感じです↓
ハシェック アラウージョ
ストイコビッチ ビスマルク
ジーニョ ドゥンガ
レオナルド ジョルジーニョ
洪明甫 サンパイオ
シジマール
GK シジマール
DF レオナルド
DF 洪明甫
DF サンパイオ
DF ジョルジーニョ
MF ジーニョ
MF ドゥンガ
MF ストイコビッチ
MF ビスマルク
FW ハシェック
FW アラウージョ
**
GKは迷いなしです。あんなに威圧感のあるGKはなかなかいないと思います。
GKはコーチングが重要なので外国人が日本で活躍するのは難しいですね。
**
DFは左サイドバックがどうしても思い浮かばなくてレオナルドにしてしまいました。
洪明甫はアジア最高のリベロです。カバーリングとラインの統率がすばらしいですね。井原もあれくらいできれば・・と何度思ったことでしょう。
サンパイオは本職はボランチですがたまにセンターバックをやっていることもありました。とにかく1対1に強いです。対人には絶対の自信を持ち、テクニックもある。こんな人がDFをやっていればチームはとても楽だと思います。
ジョルジーニョは鹿島ではボランチでしたがここでは右サイドバックになってもらいます。センタリングの正確さに関してはこの人の右に出る選手はいないです。
他にもブッフバルトやペレイラなど印象に残る選手もいました。
**
MFはボランチにドゥンガとジーニョを入れました。絶対的なキャプテンシーを持つドゥンガとゲームを後方から組み立てられるジーニョです。
ゲームコントロールはストイコビッチとビスマルクです。ストイコビッチはディフェンスに難ありなので迷ったのですが、そのファンタスティックなプレーはやはり外せないと判断しました。ビスマルクは堅実なプレーとうまくFWを使える点が気に入っています。
**
FWは1番迷いました。柔のハシェックと点も取れてアシストもできるアラウージョにしましたが、候補が多すぎて明日考えたらまた違う選出になりそうです。
メディナ・ベージョ、エムボマ、ベッチーニョ、マグノ・アウベス、黄喜洪あたりで迷いました。
**
11人中8人もブラジル人がいますね。やっぱりJリーグはブラジル人に支えられて14年間やってきたのですね。
日本人にもがんばってもらいたいですが、これからも華やかな外国人とともにJリーグを盛り上げてもらいたいです。
今更ながらですが、木村元彦さんのベストセラー「オシムの言葉」を読みました。今日は「オシムの言葉」から感じたオシムのマスコミ対策について書きたいと思います。
**
岡田監督がフランスワールドカップに監督として臨むことが決まり、リトバルスキーやジーコといったワールドカップ経験者に何が大事かを相談しにいったときのことです。2人は口裏を合わせたかのように「マスコミ対策」を真っ先に挙げてきたそうです。
選手が持っている力を全て出し切るためには心技体の高い次元での融合が必要不可欠です。その心技体の融合に邪魔になるものがナーバスな気持ちや慢心、集中力欠如、過度のプレッシャーなどの雑念です。そして残念ながらそれらの雑念はマスコミの報道から生まれる場合もあります。
また、サポーターが「勝って当たり前」と思い込むのも非常に危険です。サポーターや国民の過度な期待は必ず選手へのプレッシャーとなります。そしてそれらの思い込みはマスコミの報道を鵜呑みにして生じることが少なからずあると思います。
**
オシムの優れているところは様々あると思っていますが、その中の1つがマスコミ対策です。旧ユーゴスラビア代表の監督だったときに自身の発言がプロパガンダとして利用されたり民族間紛争のネタに利用されたりするのを防ぐためにマスコミという存在を真剣に考えたことが活きているのだと思います。
日本がもっとよくなるために、教育者としてオシムはマスコミをも指導しようとしています。
「マスコミが好き勝手書くこと自体には何の問題もないが、大衆がそれに扇動されることが怖い」
「若い選手が活躍するとマスコミはすぐに褒めたてる。ところが活躍しなくなると何も書かなくなる。これで若い選手はトラウマを抱えたりするが、マスコミは何の責任も取らない」
マスコミに好き勝手書かれて憤怒する監督は今までに何人も見たことありますが(オシムもたまに怒ってますが)、意図のない質問や悪意のある質問をしてくる記者に対してオシムは容赦ない「質問返し」で対抗します。その「質問返し」に本質が見て取れるため、誰しもが納得せざるを得なくなります。
日本人の監督にここまで出来る人がいるのかどうか。サッカーについて知っているだけでなく、合理的且つ全体論的な考え方が身体に染み付いていないとできないと思います。
**
マスコミ対策で選手を守ろうとするばかりか、日本サッカーの向上ために尽くしてくれているオシムはすばらしいと思います。
(オシム教というのがあれば入ってしまいそう・・)
最後に、僕が1番感動したオシムの発言を。
日本代表の監督としての会見で、選手の批判ばかりする記者に対して。
「最後には(日本代表の勝利という)同じ料理を食べるのに文句ばかり言われても仕方ない」
是非ともおいしい料理を食べたいものです。


