サッカー日本代表の監督は正式に岡田さんに決定したようですね。岡田さんへの賛否はあるでしょうけれど、今日はそこには触れず、オシムが1年半日本代表監督を務めたことで日本にもたらしたものについて考えてみたいと思います。
**
オシム前とオシム後で何が変わったか。
それは、サッカーに経営者としての視点をもたらしたことだと思います。もっと単純に言えば、サイエンスがもたらされたということです。
**
トルシエは、守備には彼なりのサイエンスとしていわゆるフラット・スリーと呼ばれている戦術を掲げ、守備の面で日本は大きな成長を遂げました(フラット・スリーが成功したかどうかは別にして)。
ただし彼は人格面で難があり、そのサイエンスをうまく周囲に伝えることができなかった。
また、攻撃においては中田英寿の個性に任されていた部分が非常に大きく、納得性のある戦術説明は1回も聞いたことがありません。
**
ジーコは、僕の中ではあまりいい監督としての印象はありません。
ジーコといえば「自由」というキーワードがよく聞かれますが、何かベースがあってその上に自由というものがあるはずで、自由ありきではチームとしての骨組みがないのも同然です。
ジーコのチームには立ち返るべき土台がなく、またチームとしての輪も醸成できずに4年間を過ごしてしまった感があります。
**
オシムは、経営者として日本サッカーに改革をもたらしてくれました。
サッカーの戦術よりも高次の視点として「日本サッカーの日本化」をまず理念としてあげ、それに向けて人もボールもよく動くサッカーを標榜しました。このトップダウン・アプローチはまさに経営者の手法そのもので、単純なことではありますがサッカー界ではなかなか実現されなかったことです。ホントは日本サッカー協会がもっとリーダーシップを取ってこういうことをやらなければいけないのでしょうが。
(クラブとして「地域に密着したクラブ作り」などを理念として掲げているチームはあるが、サッカーに結びつくように考えていない点でオシムと異なる。また、甲府はワンタッチパスをつなぐパスアンドゴーの美しいサッカーを理念としてファンを魅了しているが、勝てなければ仕方ない。)
サッカーはダイナミックなプロセスから成り立っているものであることを常に周りに語りかけ、静的なポイントでしか捉えない見方に対しては厳しい反駁で周囲を教育していた点も今までの日本には存在しなかった監督だと思います。
**
ミンツバーグは、経営は「サイエンス(分析)」「クラフト(経験)」「アート(直感)」と言っています。この3つの調和が大事なのだと。
どうやったら日本が勝てるようになるかをサイエンスの視点で考え、そのベースは出来上がりつつあることをアジアカップで証明してくれたので、次はアートとの融合(よく言われている個の力の部分と戦術の融合)だと思っていた矢先の病、勝手なことをいうようですがファンとしては非常に残念です。
もっとオシムのサッカーを見ていたかった。オシムサッカーの完成形(そんなものは存在しないが)を見てみたかった。
ただ、それはもう適わないこととなってしまいました。
岡田さんには岡田さんのサッカーがあるでしょうから、それを愚直に追求してもらいたいですね。
