ちょっと古いですがチャンピオンズ・リーグ07-08決勝のお話し。
ユナイテッドが結局勝利して、得点したのはC.ロナウド。
PKを外したとはいえ世間の報道は「存在感を示したC.ロナウド」のオンパレードだったような気がします。
得点は大事です。
そして勝者が称えられる世界であるのも事実。
でもあの試合内容でC.ロナウド絶賛ですか?と言いたいです。
得点シーンと、2回くらいエシアンを抜いたシーンくらいしか印象にありません。あくまで個人的な印象ですが、120分間でたったそれだけです。
僕からすれば右サイドのハーグリーブスの方がよほどがんばっていた。ブラウンと連携してチェルシーのマルダ&A.コールと一進一退の攻防を続けていました。
サイドの攻防は試合そのものの攻防でもあります。
C.ロナウドは前半こそ攻勢に出ていましたが、後半はまるで死に体。エシアンの攻め上がりを抑えるのに苦慮していて完全に後手に回っていました。
その背後に見えるのはグラント監督&テンカーテ参謀によるC.ロナウド対策です。
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前半はC.ロナウドをマークするためにエシアンを右サイドバックに置いていたようですが、エシアンを持ってしてもC.ロナウドのドリブルを止められないと判断すると、後半はエシアンをやや上がり目に配置させました。
攻撃は最大の防御。実質3バック気味にしてC.ロナウドを守備に忙殺させることで攻撃力を半減させる。これはテンカーテ得意の采配です。
案の定、守備では劣るC.ロナウドはエシアンを抑えきれずスコールズやキャリックがその尻拭いをする羽目に。そして全体のバランスが崩れ完全にチェルシーの時間帯が続きました。
流れからしてチェルシーに軍配があがるかと思いましたが、ユナイテッドの踏ん張りもあり結局試合はドロー。PKでユナイテッドにビッグ・イヤーがもたらされました。
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得点の最後の仕上げはアートの世界だと思います。どんなにいい形を作ってもそれが得点になるかどうかは分からない。技量だけでは語りきれない何かがその総仕上げには宿っていて、それを克服する完全な方法は存在しません。
だからこそC.ロナウドやメッシ、ドログバなどの選手が貴重であり、マーケットは彼らにとんでもない値付けをします。
ではこういった選手をそろえられない財政基盤の弱いクラブ、もしくはなかなかこういった選手が育たない国はどういう手段をとるべきか。
そのためにサイエンスが存在するのだと思います。
サイエンスはいわば常道のようなもので、サイドを制する戦い方などはまさにそれにあたります。
チェルシーは前後半で選手交代をしなかったのに、エシアンのポジショニングを少し変えるだけで試合の全景を変化させました。
相手の状況にあわせた攻略は必ず存在するはずで、それを11名の選手で使い分ける。まさにポリバレントが求められる理由がこれに当たると思いますし、当然日本も参考にできる話しです。
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グラントはクラブを去るようですがテンカーテはおそらくチェルシーに残るでしょう。
監督が誰になってもおそらくチェルシーの戦い方は変わらないはず。
来期も楽しみです。
そろそろキリンカップ、ワールドカップ3次予選と連戦が始まろうとしていますね。
ちょっと僕の思うところやブラブラ歩きながら考えていたことを書き連ねてみたいと思います。
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やっぱりサッカーは数的優位をいかに作り出すかに腐心すべきだと考えます。
ただ、当然11人対11人でピッチ全体としては同じ人数がそろっているので、局面として数的優位を作り出すということです。
ところが通常は相手が2トップなら最低3人のディフェンダー、1トップなら2人のディフェンダーが構えているでしょうから、そう簡単に数的優位は作り出せません。
ではどうやって数的優位を作り出すのか。
これが戦術にあたる部分なのでしょう。
僕は、個々のプレーとしては
・ダイレクト
・ドリブル
・ポストプレー
が数的優位を作り出しやすいプレーだと思っていますが、所詮これらは個々のプレーです。C.ロナウドやロッベンがチームにいればそれは容易に数的優位を作り出せるに違いありません。
しかし日本にはこのような選手は今のところ存在しない。
未来永劫出てこないかもしれない。
そんな日本が世界を驚かせるサッカーをするにはどうしたらいいのか。
監督の仕事というものがとても大きなものになるのは容易に想像できますよね。
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たとえばレストランの仕事で、ホールと厨房というものがありますよね。
経験ある人もいると思いますが、ホールがすごい忙しくて厨房は暇そうな時間とか、その逆とか、たまにそういうタイミングがなかったでしょうか。
そういうときは、「おいおい厨房の連中ボサっとしてないでホール手伝ってくれよ」とか思ってしまいますよね。
日本のサッカーは長らくこの状態でした。
何が言いたいかというと、たとえば相手が1トップなのに3バックで守る。ディフェンダーは「自分の持ち場はここだ」とばかりに人数が余っていても流動的に動かない。
相手1人に対してこちらは3人で守っているのだから、当然前線では逆のことが起きてこちらが数的不利になることは目に見えています。
数的優位は試合のダイナミズムの中で自ら作り出すものです。
相手が1トップならディフェンダーはどんどん攻めあがるべきです。
ここにメスを入れたのがオシムでした。
彼の言葉でいえばポリバレントということなのでしょうが、それは単に複数のポジションがこなせるという意味にとどまりません。
局面に応じてダイナミックにその役割を変化させ、それに適応できるという意味だと僕は思っています。
阿部や今野をセンターバックに使っていたのもそれゆえです。
彼らなら中盤も器用にこなすので人数が余ればどんどん前に出て行きなさい、ということですね。
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攻撃においては、やはりサイドが基点になるのが現代サッカーの流れですね。
理由は単純で、真ん中から攻められるほど相手も甘くないからです。
真ん中は360度ケアしなければならないのに対し、サイドは180度だけケアすればよいので、縦への推進力が生まれやすいという点もサイドの利点です。180度というのは人間がギリギリ一目で俯瞰できる範囲ですよね。目の前の相手だけケアすればあらぬ方向から相手が来るということはないわけです。
で、また単純な話しとなりますが、このサイドで数的優位を作り出せるか。
これが試合の肝となります。
サイドが基点になるのだからそのサイドで数的優位を作る。ホントに単純な図式です。
どんなにチャンスが生まれてもそれを決めることができるかはアートの世界です。
このアートの力を高めることも大切ですが、チャンスの数を増やすというアプローチのほうが現実的でしょう。
いかにサイドで数的優位を作り出してチャンスを演出するか。
この攻防で後手に回るか先手を取るかがいわゆる「攻撃的」か「守備的」かの分かれ目です。
オシムはガーナ戦で相手の4バックに対して日本ではあまり馴染みのない3トップで対抗しました。理由は相手のサイドバックの攻め上がりを抑えるため。サイドで先手を取り、試合の主導権を握ろうとしたのです。試合こそ0-1で敗れましたが、地力では日本をはるかに勝るガーナに善戦できたのは監督の采配によるところが大きいと思っています。
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システムそのものはやりたいことを実現するための方便でしかありません。
その試合で何がやりたいのか。
これを追求しデザインすることが戦術の最初のアプローチではないでしょうか。
つまるところ、もっとも大事なのは「何をやりたいか」であり、キャリアの考え方とまったく同じですね。
「何をやりたいか」まったく意図が見えない試合は見ていておもしろくないですし、キャリアのロードマップもやりたいことを見つけてこそ、ですね。後者の方はあせることはないんですけどね。
意思や意図が介在してこそ魅力あるものとなる。
これは万事に共通するからこそ、メタファーが大切になるのですね。

