サッカーは創造力
サッカーをモチーフに。 サッカーをメタファーに。
システムとは何だったのか
YHEYです。

各地でW杯予選があったりユーロが始まったりしたので、サッカーのシステム論議があちこちで聞かれます。
岡田さんはオマーン戦のシステムについて4-4-2ではなく4-2-3-1だといったり、
オランダは伝統の4-3-3を捨てて4-2-3-1に変えたと報じられたり、
イタリアが4-3-3を採用してそれでオランダに負けたのは皮肉だといわれたり。

少し前に杉山茂樹さんの[4-2-3-1」という本を読みましたが、この影響なのか日本でもシステムを4段表記にすることが珍しくなくなりました。



では、システムとはいったい何なのでしょうか。
僕の考えを整理してみたいと思います。

**

まず最初にいっておきたいのは、システムとはそれ自体が目的になるわけではなく、手段です。
システムありきではなく、まずはやりたいことや目的が根底にあって、それを具現化するためのシステムであるべきです。

ですので、オランダが4-3-3ではなく4-2-3-1にした、というのは額面どおりに受け取るのではなく、例えば僕はこのように理解します。

「サイドの攻防を制するのがオランダのやり方で、4-3-3の場合は確かにワイドにウイングがポジショニングできるのでサイドを制することはできるだろう。
しかし、4-「3」-3の真ん中の3は、広い中盤を3人でカバーしなくてはならないことを意味し、相手に対して中盤では分が悪くなる可能性がある。
サイドから攻めることの意味は、中盤からではさすがに崩せないので、だったらサイドから、という意味合いによるものだ。
このままでは相手にその中盤から容易に攻められてしまう。
特に、イタリアではピルロ、スペインではシャビ、ポルトガルではデコのように、必ず攻撃のときに経由する核となる選手が中盤の底に居座っている。
彼らを1対1で抑えきるのは容易ではない。
イタリアのトニのようにポストプレーがうまい選手がトップにいる場合は、そこに自由にボールを出させるわけにはいかない。
やはりピルロのようなボールの出し手になる選手は確実に押さえ込むべきだ。
だから、中盤はもう少し厚くしよう。
しかしサイドの攻撃はやはり重要なので、ピッチをワイドに使いつつも中盤を厚くできる4-2-3-1のシステムにしよう。」

このように、やりたいこと、なすべきこと、目的などが明確になって初めてシステムが決まります。

これが戦術(というものの一部)ではないでしょうか。

**

サッカーには相手があり、試合というものはダイナミックなプロセスで成り立っています。
相手によって柔軟に、ダイナミックにポジショニングを変えるなどというのは現代のサッカーにおいては当たり前に行われていることです。

システムという目で見ればそんなものは試合中にころころ入れ替わっているのです。

ただ、いちいちやりたいことや目的などを表現するのは大変だから、4-4-2のようなシステム表記がされているのです。

**

冒頭で紹介した書籍「4-2-3-1」ではそこら辺のシステム論議が実例も交えながら多く紹介されている良書です。
興味のある人はぜひご覧になってみてください。

ただ、残念だと思うのは、最後の最後まで「サッカーはシステムでするものだ」という論調であるということです。
これは表現の違いかもしれませんが、システムとは手段に過ぎないと僕は思っています。

会社に在庫管理システムがあっても、「仕事はシステムでするものだ」とは言わないですよね。
在庫管理をすること、もっといえば適正量の商品を販売することで営利を最大化することが目的であって、
システムはそれを具現化するための仕組みですよね。

サッカーも同じです。

3-5-2だから負けたとか、4-3-3は古いとか、そんな話しは馬鹿げています。
相手あっての戦術ですから、何がよくて何が悪いかなんて一元的な議論ではありません。

配置そのものには得手不得手があり、相性というものもあります。
その動きを動的に捉えて、俯瞰的な立ち位置から最適なポジショニングをし、数的有利を作り出す。

考えて走ることがいかに重要かが分かりますね。

**

ユーロと寝不足は続く。
構造化戦術
YHEYです。

アウェーのオマーン戦。とりあえず最低の結果は出したといっていいのかな?

僕はプロセスをとても大事にする人間なので、まあそれは再現性を担保したいからという意図からきているのだけど、やはりこの試合はプロセスがイマイチでした。

酷暑とかピッチの状態とか体調とか外部要因もいろいろあったとは思うけど、単なる個人のブログだし厳しいこといってしまいます。

**

岡田さんが「前半は真ん中から攻め急いでボールを失う場面があったから後半はサイドを使うように指示した」と言ってましたが、これを実現したいなら今のシステムじゃダメでしょう。

俊輔が中に入りすぎなんですわ。右に張り出す選手がいない。内田の負担が重すぎです。そんな中でも内田はよく走ってましたけど。特に最後オフサイドになったけど内田が相手GKと1対1になった場面、「なぜそこまで走れるんだー!!!」とちょっと感動しましたよ。

まあそれはさておきですね。

俊輔が中に入ったら大久保がサイドにまわるとかそういう基本的なルールがあればいいんですけどそういうのも見受けられないし。

僕もサイドから攻めるべきと思ってる人間ですので、岡田さんのコメント自体は賛成なんですけど実装がうまくいってないなー、と。

**

そしてそれ以上に言いたいこと。

2007年のアジアカップで得た対アジアの戦い方はどこにいったんですか?

これですよ。いつも僕が言いたいことは。


僕はですね、攻撃の組み立ては途中までは完全に構造化していいと思っています。
だってそれでちゃんと崩せますから。
数的優位作れますから。

数的優位が作れるまでボール回していいと思ってます。
攻め急がないでいいと思ってます。

構造化プログラミングといっしょですわ。

if then
else

とか

while

とか。途中までは型にはめていいんですよ。

if 前で簡単にボールをもらえそうな味方がいる
then そいつにパスを出す
else 横にいる別の選手にパスを出す

それでアジアならチャンス作れるから。最後の仕上げはアートの部分だけど、途中まではまさに構造化プログラミングならぬ構造化戦術で全然OK。

個人技とか、ひらめきとかが大事じゃないと言っているわけじゃないです。
でもそれを頼りにするって、あまりに危うくないですか?
戦術として攻撃を担保せずに何を信じたらいいんですか?

僕がプロセスを大事にしてるっていうのもそういうことです。

**

守破離の守を意識せずして次の段階には進めません。
JAZZの世界でも、immitation-simulation-innovationといわれます。
いきなりinnovationは起こせない。
まずは型を身につけることが何より大事です。

その上で個人としてどうするか、です。

オシムがエジプト戦から試そうとしていたのがまさにこのあたりでした。
型の習得はある程度アジアカップで証明されたから、個の力との融合を世界と戦うときには試していく。

今更ぶり返しても仕方ないですが、その後がすごい楽しみでした。

**

今の日本代表は1年前から成長していないと思います。
下手すれば退化しています。

まだ3次予選で敗退は考えにくい状態ですが、最終予選までには1つの形を見たいものです。
先制点・勝利・盲目
YHEYです。

W杯3次予選のオマーン戦、内容・結果ともにとてもよかったですね。
よかったので、あんまりブログに書くことがなくなってしまいました。
やはり僕の場合は悪いことの方が文字に落とし込みやすいみたいです。

**

ポイントは早い時間帯での先制点。これが全てだったように思います。

日本のボール・ポゼッションはかなり高く、試合をほぼ支配していました。
ただ、0-0であの試合運びだったとしたらきっとまた「得点が取れない」「攻めの形が作れない」などの論調が生まれたのは容易に想像できますね。

うーん。しかしここの考え方が難しいところです。
0-0と2-0で同じ戦い方をするかというとそうともいえない。
勝ってるときも「負けてると思って試合に臨め!」とかいう言葉を聞きますが、これは気持ちの面の話しであって、戦い方としては勝ってるときと負けてるときではまるで違うものになってしかるべきです。

先制点がもし前半のうちに取れなかったら。後半になっても0-0の状態が続いていたら。

また世論は厳しい言葉を浴びせたかもしれません。
プロセスとしての戦術は正しかったとしてもです。

しかし、結果としてオマーン戦は3-0で勝利した。得点へのプロセスも素晴らしかった。早い時間帯に先制できたので余裕のある試合運びができた。

こうなると粗探しをしない限りとりあえず今週のうちは否定的な批評をすることは難しい。
決定力不足、なんて一言でいえるような問題があったとしても、それが3-0の勝利によって解決することなどありえないのに。

**

勝利はうれしくある。
だけどそれでうやむやになる問題もあるかもしれない。

結局僕が言っていることも粗探しに過ぎないのかな。

とりあえず3次予選で敗退するなんて微塵も思ってませんから。
長い目で見守れればいいかな、と。

今週は代表の素晴らしい勝利に酔いましょうかね。